つれづれに
情報社会化をみながら、新たな家族のあり方を考える視点で、つれづれなるままに。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

乳房と自立
 乳房に拘るのは、いかにも中年オヤジっぽいが、ご容赦あれ。フェミニズムが西洋人女性から、ブラジャーをはぎ取ったことは周知であろう。ブラジャーは男性のために女性を整形する道具だった。だから西洋人女性たちが、見られる存在から脱皮して自立するためには、ブラジャーが邪魔だったのだ。以来、西洋の女性たちは海水浴場などで乳房をさらすようになった。
 フェミニズムはまさに解放の思想だった。
スポンサーサイト
近代の狭間にみる乳房
 バリでの話として、東京新聞が伝えている。かつてバリの女性たちは、乳房をだしていた。しかし、政府は乳房を隠すよう、身体の露出を禁止する法律を制定するらしい。これは我が国でも見られた話で、我が日本人女性も、かつてはおおぴらに乳房を出していた。それが近代化の影響で、乳房を出すことが反道徳的になり、我が国では今や乳房を見せなくなっている。
 しかし、近代化がすすんだ西洋諸国の女性たちは、今では反対に乳房をさらすように変わってきた。バリの海岸に行けば、おしげなく乳房をさらした白人女性でいっぱいである。ここで問題が起きたのである。西洋人女性たちは、ブラジャーをとってしまったので、今さら付けろと強制できないのだ。乳房を隠せといえば、観光客が減る心配がある。
 バリ人に対しては乳房を隠せといい、西洋人には乳房を隠せと言えない。バリ人も西洋人も同じ人間でありながら、2つの道徳を使い分けることになった。これは時代のなせる喜劇的な典型例である。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。