つれづれに
情報社会化をみながら、新たな家族のあり方を考える視点で、つれづれなるままに。
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女性専用車
 先日、間違って女性専用車に乗ってしまった。目の前に来た電車に、何も考えずに乗ってしまってから、降りることができなくなって驚いたのである。正確には、すでに女性専用の時間帯ではなかったので、男性もちらほらと乗っていたが、圧倒的に女性が多かった。
 男性が多いいつもの車両と、車内の空気が違う感じがした。化粧の臭いというのでもないが、すこし臭いが違うのだ。多分女性たちは、男性の臭いに違和感を感じながら、いつも乗っているのだろうと思う。
 女性だけが閉じこめられた空間なんて、他では経験することはないので、新鮮な感じと妙な違和感が残った。
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少子化
 少子化対策とは、結婚した女性に出産させることらしい。だから、とにかく結婚させようとしている。しかし、少子化は止まらないだろう。やがて、結婚しなくても良いから、子供を産んでくれさえすればいい、といった政策に変わるだろう。
 西洋諸国は、理念としての個人化を肯定して、家族政策を単家族へと転換した。それに対して、我が国は子供が減って仕方なしに、個人化を渋々認めていくだろう。ここでも理念より実利の優先する体質が表れるに違いない。
 今後、未婚者の中絶禁止へむかうのではないだろうか。それと同じ頃、未婚の母を認めることが、少子化防止に役立つと政策転換が図られるに違いない。しかし、それまで保つだろうか。
 
 
 

車中の女性
 渋谷駅での話。井の頭線の電車が渋谷駅で、お客を降ろし始めた。多くのお客が降りるなかで、中年女性が終点についたことを知らないで、眠りこけている。すると、若い女性が自分の荷物を、中年女性の足先にそっと触れた。若い女性は、中年女性の目を覚ましてやったのだ。
 若い女性は、中年女性が目を覚ましたのを確認すると、素知らぬ顔で電車を降りていった。彼女やるな、っと感嘆した。若い人のマナーは本当にスマートだ。
 
職人と専業主婦
 かつて職人だった頃、ガンコな仲間がたくさんいた。職人は人間を相手に仕事をするのではなしに、木や石を相手に働いている。木や石は絶対に文句を言わないから、職人たちは相手のことなど考えずに徹底的に熱く仕事にうちこめる。物言わぬ木や石を相手にしていると、性格がガンコになっていく。ガンコな性格が完成した頃、職人も一人前になっている。
 会社員たちは、人間相手に仕事をしているので、職人のようなガンコさは無縁だろう。ところで、専業主婦の仕事の相手は誰なのだろう。子育てが終わったら、彼女たちはどうやって自己認識を続けるのだろうか。
新旧の専業主婦
 現在、老女となっているのは、良妻賢母教育を受けた女性たちだろう。良妻賢母教育とは女性専用の教育理念で、女性が人間として自立するのではなく、良き妻になり良き母になるという教育である。つまり自己の主張ではなく、夫や子供を中心に生きよという教育といっていい。
 夫や子供をたて、家庭を平和に切り回していくこと、それが専業主婦の生き甲斐になる。良妻賢母教育を受けた女性たちが、専業主婦になることは自然の成り行きだった。彼女たちは家庭を守ることが使命だから、自己の欲望の対象探しが起きる契機はない。
 しかし、戦後の民主主義教育を受けた女性たちは、事情が違う。戦後教育は、女性だけに特別の教育理念を向けることはなかった。原則として男女平等だった。民主主義の申し子たちは、夫や子供を立てることより、自己の自立を教育されたはずである。学校時代、女性はしばしば男性以上の成績をとった。
 民主主義教育を受けた女性たち、つまり団塊の世代の女性たちは、自立教育を受け、男性と同様の職業人となっても不思議ではなかった。にもかかわらず、彼女たちは専業主婦となって、家庭に入ってしまった。
 自立教育を受けた戦後育ちの女性が、専業主婦になってしまえば、自分探しをするのは必然である。学校時代、優秀な成績を収めた女性であればあるほど、自分の欲望の対象探しをせざるをえないだろう。団塊の世代の女性たちが、何十年と家庭にこもり、自己認識のための他者を失って暮らしてきた。受けた教育を実践できなかった女性が老後を迎えるのは、我が国では初めての経験である。
 
専業主婦の老女は
 人は、他者を鏡として、自己を認識する。他者がいないと、自分が自分であると認識できない。自分の思っていることが何かを自分が知ることすら、他人がいるから可能になる。こんな自明なことが忘却の彼方になって久しい。
 『欲望の対象が自分でもわからないのに、欲望の存在だけは確実にある、というこの状態が、彼女たちの苛立ちをいっそう深刻なものにし、「夫がわかってくれないからだ」と夫や結婚生活への否定的感情に向かわせているのだ』と、香山リカさんは言う。
 他者の存在しない専業主婦。専業主婦という身分に長い間暮らしていると、かつては優秀だった女性たちが、自己喪失していく。優秀であればあるほど、苛立ち、欲望の対象探しをしてしまう。専業主婦とは存在そのものが悲劇的な存在である。専業主婦の老女は、どんな人間になるのだろうか。


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